KazaLogue "写真のかざろぐ"

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写真展"民家・MINCA"by 高井潔

写真展"民家・MINCA"by高井潔
場所:ホテルアイビスミニギャラリー
期間:2010年1月14日〜3月9日

六本木駅前のhotel IBISで開催中の写真展"民家"。
題名同様、内容は民家をストレートに写したもの。
京都や岐阜など古風な佇まいやその趣を残す被写体。
日本の建築というのは美しいのだ、やはり。

写真展としては奇抜な面白さや真新しさに欠けるものの
ストレートに写した日本の美は素晴らしい。
ストロボを炊いたように平たくなる訳でもなく
自然光が生きている写真はみずみずしさに満ちていた。

中でも和室の中から障子だけを撮影した情緒ある写真は、
何日間か日本に滞在したような人では撮れないだろう。
日本人に息づく価値観が無ければならないのだ。

ただ、ひとつ疑問なのは展示されている場所である。
ホテルアイビスは六本木の老舗で、
決して悪いホテルではないのだが、
日本家屋、あるいは展示空間としての風情は皆無である。

六本木なら外人が多く興味を持つのだろうか、
おそらくあの雰囲気で見ても"古いもの"と、
成り下がって見られるのがオチだと思う。

最近は浅草や清澄白河などの下町にも
小さなギャラリーが増えてきた事だし、
出来る事ならそういう場所でじっくり鑑賞したいものだ。

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展覧会"至上ノ愛像"by 荒木経惟&舟越桂

《 写真展 》荒木経惟 + 舟越桂 「至上ノ愛像」

《 会期 》2010年1月9日(土)−4月4日(日)
《 開館時間 》11:00−19:00
《 場所 》高橋コレクション日比谷
《 電話 》03-6206-1890
《 住所 》千代田区有楽町1-1-2日比谷三井ビルディング1階

最近ポートレートの本質を突く意見を聞いた。
優しさを写すにはどうしたらいいのか。
あるいは苦しみを写すにはどうすればいいか。

それは単純だが、とても深い意見。
優しさを写すためには、優しい気持ちで写すこと。
苦しみを写すには、苦しみを分かち合い写すこと。
つまりは内面的な問題に左右されるということ。

「ポートレートは、自分を写す鏡だ。」
などとよく耳にするが、全くその通りで、
これは簡単なようでその考えに至るのは極めて難しい。

今回の写真展"至上ノ愛像"を見て思ったのは、
この荒木経惟さんの写真には「楽しさ」と「幸せ」が、
そこかしこに見て取れるほどに写っていたという事だった。

写真展には、「センチメンタルな旅・冬の旅」、
「エロトス」、「写真私情主義」から
額装写真を数点ずつ出展されていたが、
メインはやはり「母子像」のシリーズ。

これは高橋コレクションの所有品ではなく、
08-09年の熊本市現代美術館で開催された写真展
「荒木経惟・熊本ララバイ」に出品されたもの。
展示サイズは1500x2000くらいの大きな作品である。

この"母子像"のシリーズがまたたまらなくいい。
以前「アラーキーがゆく・母の慈愛と松山の海」にて
特集された母子の写真が始まりだそうだ。

撮影したのは20歳の妊婦さんで、お腹は8ヶ月目を迎える。
その胎内に我が子を抱える女性を、
穏やかな瀬戸内の海でシャッターを切った。

「妊娠中って女性として一番美しい時だよ。あともうちょっと、臨月になったら満月、曲線美の頂点なんだから。」

その撮影から数年後。
「おなかの子はもう小学生かな」と聞きながら
荒木経惟さんはこの女性に連絡をしていた。
もう7歳になった娘は、私も撮ってほしい、
と女の子な一面を見せていたそうだ。

「母親の前では芸術なんて霞んじゃう。この世で一番エライのはね、普通の真っ当なお母さんだよ。母と子の愛と絆、生命力って素晴らしい。男は絶対、太刀打ちできないんだよ。」

荒木経惟さんの母子像に写る喜び、幸せ、愛。
抱き抱える我が子を胸にその生命を謳歌する。
荒木経惟さんはこの母子の姿を「至上ノ愛像」と名付けた。

展示は日比谷高橋コレクションにて。
素晴らしい作品なのでぜひ訪ねてほしい。

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写真集『Many Are Called 』by ウォーカー・エヴァンス


ウォーカー・エヴァンスというと
『アメリカン・フォトグラフス』があまりに有名だが、
次に有名な作品と言われると以外に知られていない。

写真集『Many Are Called』は、
1938年に撮影を開始したシリーズで
ニューヨークの地下鉄内の乗客を写したもの。

カメラを意識していないありのままの人々。
自然体の彼らは談話し、新聞を読み、遠くに視線を投げる。
その時のファッションを身につけた彼らは時代を表していた。

方法はいわゆる隠し撮りで、
コートにカメラをかくし、ボタンとボタンの僅かな間から、
レンズを覗かせて撮影していたそうだ。

暗い車内において昔のフィルムで撮ることを考えると、
技術的にはなかなか難しかったのだろう、
ブレやボケがいくつも見られる。

しかし、それが味のような臨場感のような
今のデジタルでは表現出来ない
ヴィンテージ感がWalker Evansの写真には宿っている。

「ニューヨークの地下鉄利用者は、この地球上のあらゆる人種と国籍を網羅している。彼らは、あらゆる年齢、あらゆる階級、そして考えうるほぼ全ての職業の者たち。また、彼らそれぞれは個々の存在があり、それは指紋や雪の結晶のように二つとして同じものはないのである。」

『Many Are Called』は序文でこのように説明されていた。
人種の坩堝と言われるアメリカだから成立したのかもしれない。
おそらく日本ではこうはならなかっただろう。

『Many Are Called』は当初その価値が認められなかったが、
1966年にMOMAが写真展
"Walker Evans's subway portraits"を開催したことで、
脚光をあび写真集刊行に至った作品。

写真集も同名で数社から何度か再販もされ
今ではウォーカー・エヴァンスの
二番目の代表作として知られている。


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写真展"BANTA・バンタ" by オサム・ジェームス・中川


写真展"BANTA・バンタ〜沈みついた記憶〜"
byオサム・ジェームス・中川
at銀座ニコンサロン
期間:2010年1月20日〜2月2日

2009年6月〜7月に沖縄県宜野湾市の
佐喜眞美術館で一度展示が行われており、
今年はそれを受けて東京と大阪を巡回することになった。

「沖縄の絶壁に向き合った力作。デジタル技術だからこそ可能な表現の領域にまで達しており、実際の作品をぜひ体験してほしい。」

と写真批評家の竹内万里子さんが、
2010年2月号のアサヒカメラで語り、
同頁にて"2009年に印象に残った写真展"、
という名目で堂々1位に名をあげていた。

展示は東京銀座のNikonサロンで拝見。
1メートル大の大判に珍しい縦パノラマのプリント。
撮影は全てデジタルカメラで、
画素数的にはD3Xクラスだろうか、鮮明な描写である。

岩肌や波の表情はそれぞれ細かく読み取れる。
空など露出違いの部分は大きく焼き込んでおり、
細部まで調整が行き届いている。
ペーパーは半光沢で粒状感が見られた。

撮られ慣れた沖縄という地における被写体の新鮮さ、
カラー、調子、視点などどれを見ても
会場に行き渡る独特な統一感は、
見ている者を別の世界に誘わん魔力を発していた。

オサム・ジェームス・中川さんの
父も祖父も写真家らしく会場には両名の写真も展示。
今回の"バンタ"もその抽象的な作品性から
敬愛の意を表現するオマージュにも思えた。


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NHK番組「写真家藤原新也・わたしが子供だったころ」

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」

インド・ガンジス川にて

今回のNHK総合で放送された「わたしが子供だったころ」は
藤原新也さんが8歳だった時を役者が演じて再現する、
というドラマのような仕立ての番組だった。

九州門司港にある旅館に生まれた藤原新也さん、
出し巻き玉子を上手に焼いて旅人を持て成す父親、
母親はおらず、美しい女中さんがその代わりをした。
含蓄ある旅人たちは差し詰め祖父の役割を果たす。

このストーリー自体聞いたことがあったので
どれかの著書には集録されている内容だろう。
だが番組内では子供時代の再現だけではなく
今の藤原新也さんが門司港を訪れ
その心情を語っているシーンも挟まれていた。

「昔はそこかしこに天国のような場所があった。日本中、世界中に、ふわっと天国に入った感覚に陥る瞬間があった。それが最近は少なくなり、ほとんど無くなってしまった。だが、歩いていれば必ずあるだろう。だから、歩き続けなければならない。」

8歳の藤原新也さんは物静かな少年だったが、
物おじせず人懐っこい印象を受けた。
一度、行き交う旅人への憧れから"一人旅"を敢行、
わずか二日で帰宅するが、彼はこの頃から既に旅人なのだ。

「新也、強い人間てのは、力が強いことを言うんじゃない。本当に強いのは、出し巻き玉子を上手に作れるようなやつのことを言うんじゃ。」

鹿ジイサンという常連客が言う。
そのことを聞いた夜に藤原新也さんは
出し巻き玉子をひたすら作るがなかなか上手に焼けない。

「お前昨日は大事な玉子を無駄遣いしよって。
ちょっと厨房まで来い、ほらもう一度焼いてみい。
いくらでも使っていいから気の済むまでやってみい。」

父親は隣で教えるでもなくただそう言って去った。
当時、一つ300円という玉子は高級食材だった。
藤原新也さんはその玉子を使い夜中まで焼き続けた。

「こりゃあまた、ぎょうさん作ったのお。
新也、これからはな、一日一個でええぞ。」

いつしか藤原新也さんは、
出し巻き玉子を上手に作れる男になっていた。

それから父親は事業に失敗し立ち退きを余儀なくされる。
住家を失った藤原新也さんは、
奇しくも今度は自分が旅人になる運命を背負ったのである。

こうして数々の作品を残していくのは周知のことだが、
写真の「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」などは、
のちに『インド放浪』という写真本にもまとめられ
以後インドは藤原新也さんとは切り離せないテーマとなった。
このとき、藤原新也さん実に27歳の若さである。

かたや私も、今日で27歳になった。
8歳の藤原新也さんは父親から、旅人から、
多くを学び多くを経験していたように思えた。

あの若いときの経験がいかに、
今の藤原新也さんを作っているかが想像される。
自分が生まれた日という一つの区切りに
昔を振り返るのも悪くない気がした。

「男は、強うなれ。」

鹿の角を頭にふたつあてたジイサンの声がする。
やはり、毎日が旅でなければならない。
そしてその中を生きる僕らは、
旅人でなければならないのかもしれない。

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